いがのくにふるさとはなし

伊賀國


言葉の思ひ出
あ〜か

東川吉嗣

  ここには、筆者が昭和二十年代と三十年代に聞いたり使ふた記憶のある、名張言葉のうち、名張獨特のもの、特徴的なもの、根幹をなすものを収録した。言葉はそれが使はれる世の中や、地域、使ふ人の環境や考へ方と一體になつた「統一のあるしくみ」であるから、その一部分だけを取り出すよりも、全體を見なければならないが、それは、一冊の辭書を作るに等しい作業が要求される。ここでは、とてものことに、それはならないので、自分なりに選んで、その意味や他の言葉との關聯を自分なりに考へてみた。一部、自分の育つた、狹い地域環境の固有名詞も採り上げた。
伊賀國の玄關頁
き〜こ
さ〜た
ち〜ひ
ふ〜ん・上野言葉
名張言葉 - あ〜か

○アのことば - あか あかさじ あかしやち あかめ あくち あげ あさつぱら 脚を投げ出す あはいさ あひさ あほのけ あまい あまの あれこはい 
○イのことば - いきりようがつく いきる いこす いしなご いっきゅうさん いつしやりん いとがわぶち いひあひ いぬ いもあな いらふ いろは歌の唱へ方
○ウのことば - うち
○エのことば - えごがねばる えてこ えびがに えべっさん 遠慮のかたまり
○オのことば - おいど おかいさん おくどはん おしもち おじやみ おたびらを組む おたふくとんがらし おとこし おなごし おひと おほたいづ おほみづ おます おめこ おめさん
○カのことば - かいはつ かかりびと かぎひき かくすべ かざをかぐ かすがさん かたやき かど かなくそ かなはん かひだるい がまん かみやしき かんかんになる かんす かんめた


○あか
あかがね(銅)のことを略して言ふ。「あかの樋は銹にくい」、「あかは鐵よりも高い」などと言ふ。
○あかさじ あかしやち
川の魚で、身體に赤い紋樣が附いたものを「あかさじ」とか「あかしやち」と言ふた。童の頃は「はい」などが歳を取ると赤くなると思ふてゐたが、種類の違ふ魚であらう。あるいは特定の魚の産卵期の着色か。身體の赤い筋から「あかすじ」と言ふたものが、「す」が「あ」「か」の母音にに引かれて「あかさじ」となつたのかと思ふ。
○あかめ
下まぶたを引いた時に見える、まぶたの裏の赤い所。相手に下まぶたの裏を見せることを「あかめをする」と言ふ。東京ではそれを訛り、「あかんべえをする」と言ふ。童のころ、赤目瀧の「赤目」といふ名が、不思議であつた。
○あくち
童の頃、口の端が切れて痛くなつた。あかぎれなどと同じ現象かどうか判らない。「あくちになる」、「あくちができる」などと言ふた。
○あげ
油揚げ。豆腐を薄く切り、油で揚げたもの。童の頃、卓球で「アゲイン」「ジュース」といふのを、「あげ」とか、飲む「ジュース」と思ひ、意味が判らなかつた。
●あさつぱら
朝の早い頃。「朝つ早(あさつはや)」といふことか。「正月でもないのに、あさつぱらからお酒を呑んでる」とか、「あさつぱらに餘所の家を訪ねたらあかん」などと、少し非難がましい言ひ方になる。「あさつぱら」といふ言ひ方は、古くから「朝餉の前の空き腹」のことを「あさはら」あるいは「あさつぱら」と言ふらしいが、伊賀では「朝の早くから」の意味で使ふので、「朝つ早」と考へてみた。朝の空き腹の意味でも使ふか否かは、知らない。
○脚を投げ出す
長い正座に堪へきれずに、前へ脚を伸ばす。「だれ誰れさんは、長いこと坐つてられへんので、脚を投げ出してた。わたいら、あんなんしたら、よけい痺れるわ。」
○あはいさ
物と物のすきま。「合ふあい隙」か。「合ふあいだ」を指す。「あはい」ともいふ。「そこのあはいさに挾まつてたわ」などと言ふ。時と時の隙間は「あひさ」と言ふ。 「あはひ」は「合はあひ」の母音「あ」が略された「あはい」。時と時の隙間は「あひさ」、さらに「あひ」と言ふ。
○あひさ
時と時の間。「あひ」ともいふ。「合ひ」か。「仕事のあいさあいさに新聞を讀んでた」などと言ふ。小さな物と物のすきまにも言ふことがあるが、物と物のすきまは「あはいさ」と言ふ。
○あほのけ
仰ふぐやうに上を向いた形になること。「仰ふぐやうにのけぞる」さま。「慌てて駆け出したらあほのけにこけてしもた」などと言ふ。
○あまい
お菓子のこと。夏見の福典寺の和尚がお菓子の事を「あまい」と言ふてゐた。「甘い物」といふことか。
○あまの
現在、市役所のある邊りの山の中に大きな工場の跡があり、「あまの」と言ふてゐた。戰時中に天野(現在は「アマノ」といふ)の飛行機用計測器の工場があつたといふ。童の頃は高北農機の試驗農場と工場跡の大きな建物があつた。
○あれこはい
びつくりした時の「アレッ」と、程度が強いとか堅いことの「こはい」を連ねた言葉。大きな驚きを表現する言葉。良きに付け惡しきにつけ、使ふ。「あれこはい。わざわざ東京から見舞ひに來て呉れたんか。おおきに。」などと言ふ。
○いきりようがつく
「生き霊が憑く」。生きながら怨霊となつて、他人に憑くこと。「あの人は、神さんに拝んでもろたら、いきりょうが憑いてゐたんやげな。」などと聞いた。「それも、誰れ、誰れの生き霊やげな。」と。
○いきる
自分を押さえられないほど、いきいきとなること。「いきり立つ」とか、「あんまりいきつたら、あかん」などと言ふ。ごく幼い頃、獅子舞が家の玄關の中で舞ふたことがあり、その時、自分は氣持がうはずり、座敷の上で真似をしてぐるぐると走り回つた憶えがある。そのやうな状態も「いきつた」といふ。
○いこす
火を盛んにさせることを「いこす」と言ふた。「活かし起こす」こと。「火鉢の火をよういこして、かき餅を燒いた。」
○いしなご
小石のこと。「石の子」の意味。「人に向けていしなごをほつたらあかん」と言はれた。
○いちべいざか
    「いち兵衛坂」か。坊垣の上屋敷から曾和と深山の間を下る坂。
○いっきゅうさん
坊垣小場の鎮守である「一宮神社」のこと。伊賀の國の一の宮である敢國(あえくに)神社の末社であることからか。祭神は「金山比女命」。
○いつしやりん
二俣の枝の先に渡したゴム紐の中央に小石を挾んで、長くゴムを伸ばした勢ひで小石を遠くへ飛ばす遊び道具。「石やり」といふこと。太い針金で出來た物が鍛冶町の大清(ダイセ)といふ店で賣つてゐた。東京では「パチンコ」などと言ふ人がゐる。
○いとがわぶち
    夏見の川の比奈知からの流れが青蓮寺からの流れと出會ふあたりの、深み。あるいは、二つの流れの出會ひから少し下の深みか。「いとかはふち」。
○いひあひ
    口げんか。「言ひ合ひ」。「あひ」といふ言ひかたは、對立した二人が向かふ姿で、あるいは向かふ氣持で、お互ひに同じ動作をすること。「出合ひ、闘ひ、遘合ひ、寄り合ひ、殴りあひ、試合、はなしあひ」など。
○いぬ
歸ること。「さあ歸ります」といふ時に「いんでこお」と言ふ。「こお」は「來(こ)」。歸り際に何か得に成ることをするのを、「いにしなの駄賃」と言ふ。「あいつは惡い奴ちゃ。いにしなの駄賃に、ものを盗つていきやがつた。」などと言ふ。
○いもあな
裏の小屋の地下には深さ四五尺で、疊一枚位の廣さの穴があり、摺り糠を入れて薩摩薯をその中へ埋めて保存してゐた。これを「いもあな」と言ふてゐた。
○いらふ
指先でいぢる。「いぢくる」感じが強い言ひ方で、好ましい觸りかたではない。「それは賣りもんや、あんまりいろたらあかん」、「道具でも何でも、色々いろてる内に上手に使へるやうになる」などと言ふ。
○いろは歌の唱へ方
いろはにほへと
ちりぬるをわか
よたれそ つねなら むうゐのおく
やまけふこえて
あさきゆめみし
ゑひもせす
童の頃、鬼ごつこ遊びなどで、鬼を決めるのに唱へながら、順に指さして、唱へ終へた所の人が鬼になつた。息継ぎは七文字ずつ。
○うち
自分のいえのこと。自分本人のこと。自分一人を指しながら「うちら」と、やわらげて言ふ人もゐる。「うちら、あんなこと、ようせんわ」などと言ふ。自分および自分の家族は、その他に較べて「内側」に屬するから。
○えごがねばる
足の怪我をこじらせたりして、脚の付け根が腫れた時に「えごがねばる」と言ふた。傷口から雜菌が這入り、リンパ腺が腫れた状態をさす。
○えてこ
猿のこと。「猿猴(エンコウ)」の訛りか。
○えびがに
    ざりがにのこと。蟹に似た鋏を持つので、「蝦のやうな蟹」といふことか。尻尾の肉は締まりがあり、旨い。東京へ出て車海老の天ぷらを喰ふた時、「えびがにのはうが旨い」と思ふた。
○えべっさん
名張の鍛冶町の蛭子神社のこと。また、二月八日の蛭子神社の祭りを言ふ。えべっさんには蛤市が立ち、「けきょ」といふ「吉兆飾り」も賣られる。
○遠慮のかたまり
    大皿や盛籠などに盛つた料理や菓子を皆で氣儘に取り合ふて食べる時など、最後に一つ二つ殘して、誰も手を出さうとしない時、その殘り物を言ふ。「遠慮のかたまりがあるなあ。殘り物に福があるっちゅうさかい、それ、貰ろとくは」などと言ふ。そこにゐる人、みんなの遠慮が集中して具體的な塊に變つたものが、その殘り物だと言ふ理屈である。
○おいど
尻。「はやりか、何か知らんけど、あんなん、おいど丸だしやんか。」
○おかいさん
米を水多くして炊いてつくる。「粥」に「お」を付けた上に「さん付け」した言ひ方。お茶を入れない時には「しらかゆ」と言ふが、「かゆ」とだけ言ふのは聞いた憶えがない。良く煮て米粒を崩れさせて、上澄みを取つたのが「おもゆ」、具を入れて煮たのが「おじや」。
○おくどはん
食べ物を煮炊きするかまど。薪を「くべる處」の「くど」に「さん付け」した言ひ方。「どこ何処のおくどはんは吹きこぼれを拭きもせんで、汚れたままにしてたわ」などと言ふ。自分の家には赤い煉瓦積みで、羽釜、茶釜、鍋の三つを置けるおくどはんがあつた。近所の家のは土を燒いて造つた黒い色の竈(かまど)であつた。米を炊く時の熱氣が茶釜の下を通り、いつも湯が煮えてゐた。十二月頃におくどはんを祀る日があつて、「おくどはん」の肩に小皿で團子を供へたやうな氣がする。
○おしもち
餅を丸めてから手の平で押して、平たくして、焼きやすいやうにしたもの。正月の雜煮には、「おしもち」を焼いて入れる。餅を「ねこ」にして、切り取つたものは「きりもち」といふ。さらに薄く切り取つたものは「かきもち」といふ。賽のやうに切り取つたものは「きりこ」といふ。小豆の餡を包んで丸めたのは「あんもち」といふ。
○おじやみ
「おてだま」のこと。小豆を入れて縫ひ込めた小さな布袋を幾つか兩手に持ち、次々と投げ上げて持て遊ぶ。女の子の遊び用具。遊び唄があるが、知らない。
○おたびらを組む
胡座をかくこと。「おたひら」。「平ら」は「樂な姿勢で坐ること、胡座」のこと。
○おたふくとんがらし
今、「ピーマン」といふてゐるものか。
○おとこし おなごし
男の雇われ人を「おとこし」、女の雇われ人を「おなごし」と言ふ。「男衆」、「女衆」のこと。
○おひと
お客。「けふはおひとはんがある」などと言ふ。総じて他人を丁寧に言ふ時は「お人」であり、自分を言ふ時は「もの」である。
○おほたいづ
きちんとせずにいい加減にするさま。「なりやい」と似てゐるが、作業の結果が數量的にでたらめなこと。「おほたいづに計つて行つたら、やつぱり數が足らんかつたわ。」などといふ。
○おほみづ
洪水のこと。洪水になることを「おおみづがつく」、「みづつき」と言ふ。家は川の縁にあつたので、一年に一回は床下浸水になつた。
○おます
神佛に供物を供へること。「まんまんさんへおます」と言ふた。
○おめこ おめさん
女の性器を言ふ。「女子(めこ)」に丁寧表現の「お」をつけたもの。遘合(まぐあ)ひをすることを「おめこをする」と言ふが、人以外の場合は「さかる」と言ふ。母親は、「おめさん」と言ふていた。女の子同士の幼児言葉では何と言ふてゐたか知らない。
○かいはつ
物が足りないさま。「開發」か。開發當初はなにかと物が不足するからか。あるいは、物が足りないので「開發」が待たれる状態だからか。食事の準備量が少なく、予想に反した時などに「今日はよう働いたので、みんなよう食べるなあ。かいはつやわ」と言ふたりする。
○かかりびと
   ひとの世話を受けて暮らす身。「誰それは、けふから、わしは、おまへのかかりびとか、と言ふて泣いた」と聞いた。
○かぎひき
正月の六日の夜に山の神を祀る。これを「鈎引き」といふ。山の神を祀る所に張つた注連縄に、卯木の枝を切り取つた鈎を引き掛けて唱へ唄を唄ひながら引く。その場で燒いた餅を翌朝の七草粥に入れて食べる。坊垣の山の神さんは、一宮神社の脇にあり、その後ろにある大木は、葉擦れの音が「シャラシャラ」いふので「小判の樹」と言ふて、鈎引きの時に、葉の着いた小枝を持ち歸る。
○かくすべ
夏の夜に、蚊を追ひ遣るために土間に四角い土器を置いて、杉の生葉と蜜柑の皮を干した物を燻して煙を立てた。蚊取り線香が出來てからは、しなくなつた。
○かざをかぐ
にほひを嗅ぐ。「風を嗅ぐ」こと。「かざかいでみたけど、ねぐさつてへんみたいや。たべとこか」などといふ。
○かすがさん
名張の町の総鎮守「うるふしね神社」のことを「お春日さん」と言ふてゐた。名張小學校の校歌に「かすがの杜にいや繁る、杉は心の鏡とて・・・」とあるので、自分は長く「春日神社」が正式名稱だと思ふてゐた。後にその名前が「うるふしね神社」だと知つたときはびつくりした。
○かたやき
「かたやき」と言へば、伊賀名物の堅焼き煎餅のこと。小麦粉などに甘みを加へ、木の板で壓しながら燒いた煎餅。伊賀一帯で燒いてゐるが、上野の山本屋のかたやきが、一番堅いと定評がある。山芋を加へたり、黒胡麻や青海苔をのせたりして、店ごとに工夫を凝らしてゐる。焼きたてで、ふわふわした状態の物も買ふことができて、「やわこいかたやき」といふて、うまい。
○かど
家の前。家の出入り口に近い邊りは「かどぐち」。出入り口のすぐ内側は「とのくち」。
○かなくそ
「金糞」。石工をしてゐた父の仕事場の奧には、鑿を修理するためのふいごで火をいこす爐があり、コークスを焚いてゐた。爐の内側に金屑が融けて固まりついて來る。それを「かなくそ」と言ふた。父から「製鐵所の熔鑛爐も一度火を停めて冷やすとかなくそが固まり、爐が使へなくなる」とヘへられた。
●かなはん
   自分に及んだ事柄の程度が予想したほどから大きくずれた樣子を言ふ。良い結果にも言ふ。「この夏は暑うて、かなはんなあ」とか、「お客さんがようけ、來てくれて、商賣繁盛でかなはん」などと言ふ。「商賣繁盛で有り難いことやのに、かなはんと言ふ言ひ方はおかしい」と言ふのを聞いたことがある。しかし、「適ふ」は、予想通り丁度の状態になることで、好ましい方向にはづれた時でも、好ましくない方向にはづれた時でも、その状態は「適はない」状態であるから、「かなはん」と言へる。
○かひだるい
疲れて作業が續けられないさま。「かひな」が「だるい」ことか。
○がまん
入れ墨。痛いのを我慢してするからか。針を束ねて墨を着けたもので皮膚を突いて文樣を描く。朱を入れるのが特に痛いと聽いたことがある。入れ墨をした肌を初めて見たのは、横濱の錢湯で。
○かみやしき
坊垣小場の高臺の一帯。「上の屋敷地」といふことか。カミヤシキの下の畑地は「マヘダ(前田)」、川沿ひ一帯は「ヘヤノカハラ」、カミヤシキに續く高臺は「ウシロデ」。
○かんかんになる
夢中になる。「かんかんに怒る」などの「かんかん」と同じか。
○かんす
茶釜。「鑵子」のことか。竈の中央に据えて、煙や熱氣でいつも湯が沸いてゐた。
○かんめた
紙の「めんこ」。「ベッタン」ともいふ。地面に置いた相手の札を、自分の札を地面に打ち付けた勢ひで裏返せば、相手の札が自分の物になる。
伊賀國の玄關頁
き〜こ
さ〜た
ち〜ひ
ふ〜ん・上野言葉
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○平成二十年九月十六日、電子飛脚の宛先訂正。
○平成十七年八月三日、増補。
○平成十五年十一月二十五日、携帯電話版を掲載。
○平成十四年十二月朔日、掲載。
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