いがのくにふるさとはなし
伊賀國
言葉の思ひ出
き〜こ
東川吉嗣
伊賀國の玄關頁
あ〜か
さ〜た
ち〜ひ
ふ〜ん・上野言葉
名張言葉 - き〜こ
○キのことば - きしょく きづつない ぎゆんた 行儀わるい 行者さん きりこ 金看板持ち
○クのことば - くさ くすべる くすりゆび くちなは くべる くまし くみがしら
○ケのことば - けきよ けづりこ けつと けつまづく けとばし げな けなりい けんけん けんずい けんたい
○コのことば - こうじぶた 弘法さんの土手 こぐちから ごくど こすい こち こつとん ごつとん こつぱ こば こまかい ごめんなして ころつと ごんご ごんごだけ
○きしょく
氣持のありやうを指す。不愉快な時は「きしょく惡い」で、好ましい時は「きしょくええ」といふ。「新築した家で、まっさらのお風呂に入れてもろたけど、ほんまにきしょくよかったわ」とか、「檜か何か知らんけど、あんまり掃除してないみたいで、湯船に漬かつてても、きしょく惡かったわ」などといふ。
○きづつない
氣持や心のありやうで「頭が痛い」ことで「頭痛の状態、頭痛の」といふ言ひかた。「づつない」が「氣」のありやうによる場合に使ふ。「うちの子は、今年も落第してしもて、きづつないわ。」
○ぎゆんた
ぎぎ魚。鯰に似た形の魚で、鰭に棘があり、ギギと啼く。白い木棉糸に重石と針を着けて、蚯蚓を餌にして、川で良く釣れた。鯰と同じ味で旨い。棘に刺されると痛い。死ぬと肌が黄色くなる。
○行儀わるい
性的な規範意識が乏しいさま。勿論、通常の行儀作法の出來ないこともさす。
○行者さん
坊垣の一宮神社の横に祀る役の行者の祠。
○きりこ
賽子のやうに切つた餅を乾燥してから、煎りあげたもの。「切り子」か。
○金看板持ち
前科者。「あいつは金看板持ちやから」などと言ふ。「金看板」とは、「酒屋などに懸けてあつた、黒塗りに金文字の立派な看板のこと。幼い頃、「金看板持ち」の「キン」は、有罪判決を受けて、禁治産者になることの「禁」のことだと聽いたことがある。然し、三田村鳶魚著『江戸ばなし其二』(昭和十八年、株式會社大東出版社)の第187ページに次の文章あり、江戸時代にはすでに「金看板」といふ言葉があつたことが判る。引用文は江戸の明和のころの通り者といはれた男伊達を三分類した中の説明である。
「 それでは中等の部類はどんなものかと云ひますと、金看板甚九郎、お坊吉三郎なんていふのが代表的なもので、金看板といふのは有名な人といふ意味でせう。金看板甚九郎なんていふ連中は、武家奉公人の口入をしてゐたので、大勢人間を家に置いてもゐますし、周旋もしますから、その方の手數料が取れる。」
○くさ
皮膚にできた「できもの」や、疵が治らずに膿ができた状態をいふ。膿の臭いから。東京谷中の笠森稲荷は「瘡(かさ)ね」を治すといふ場合の「カサ」と語源は同じか。
○くすべる
薪などを澤山つんで、あるいは生葉を積んで、煙を多く出すこと。いぶす。蚊を追ふために生葉などで煙を立てるのを「かくすべ」と言つた。
○くすりゆび
手の「藥師指(くすしゆび)」のこと。「丈高指(たけたかゆび)」のことは「たかたかゆび」と言ふ。外は、「おやゆび、ひとさしゆび、こゆび」と言ふ。
○くちなは
へびのこと。「口の着いた縄」とのことか。
○くべる
薪を燃やす。「初めにどつとくべて、火を強うせんとあかん。」などと言ふ。「くべるところ」は「くど」。
○くまし
畑の肥やしにするために、生ごみや落ち葉などを腐敗醗酵させるために土を混ぜて積み上げたもの。家の裏の畑の隅に作つてあつた。「熟{うみ}」の「うまし」か。あるいは、土や老廃物の中から「肥やし成分」を「汲み上げさせる」仕組みゆゑに「くまし」か。
○くみがしら
近所同士で回覧板などを回はしたり、自治活動をする組の代表。町内會の組織を組と言ひ、その長を頭(かしら)と言ふ。組内に死者が出た時は、組頭が葬儀を指揮して万端を執り行ふ。坊垣には「一の組」から「三の組」まであつたが、今は組に這入る家は少ないとも聞く。江戸期の五人組の名殘か。
○けきよ
名張の鍛冶町の蛭子神社の祭り「エベッサン」で賣つてゐる縁起物「吉兆飾り」で、「ケキョ」とか「ケッキョ」と言ふ。樣々な、めでたい品物の形をなぞらえた小物を澤山ぶら下げたもの。「吉兆」の訛り。
○けづりこ
鰹節などを鉋で削つたもの。「削り粉」。「けづりこ」に醤油を滴らして辨當の飯の上に載せたりした。
○けつと
いつも。どんな時も。「あの子はけつと、そんなことをしてたなあ」などと。必ずといふ「きつと」と同じか。
○けつまづく
歩いてゐる時に足の先をひきかけて「つまづく」こと。「蹴り、つまづく」こと。足の先で何か障害物を蹴る結果つまづいた、といふ經過を物語る言ひ方。「つまづく」は「爪が着く」ことで、正常な歩き方なら、大地に着くのは足の裏のみ。
○けとばし
「けとばし大根」。大きな蕪のこと。幼い頃には「蹴り飛ばす」と畑からポロリと抜けるので言ふのかと思つてゐた。今でも半分さう思つてゐる。
○げな
傳聞を示す時の言ひ方。「なに何だそうな」。斷定の「や」に續けて、「やげな」となる。他人から聞いた話を、「吉嗣さんは、東京で事業に失敗したんやげな」などと言ふ。モンゴル語で「何々といふ」と表現する時の「ゲン」といふ表現と共通か。噂話のことを「げなげな話」と言ひ、「げなげな話は嘘やげな」と言ふ。
○けなりい
うらやましい。他人の幸運が自分にも、齎されたい時に感じる氣持を言ふ。この感情を表に出だすことを、「けなりがる」といふ。「あんた、ええもん貰ふたなあ、けなりいわ」とか、「自分では何もせんで、他人のことをけなりがつたらあかん」などと言ふ。
○けんけん
片足跳び。片足を揚げたままで跳んで動く。「けんけんをして、その足でぢべたに置いた石を蹴つて、輪を描いた中へ入れる」遊びをした。「け」は蹴るといふ動詞の語幹である。『古事記』に山田の案山子(かかし)のことを「くえひこ」といふとあり、「彦」は男であるから、一本脚の案山子の姿を物を蹴る男に見立てた言ひ方で、蹴(クェ)る動作そのものを「け」といふのか。
○けんずい
午後の仕事の合間に輕い食事をすることを言ふ。「間炊」の訛りか。
○けんたい
誰もが知る状態のことを「おけんたい」と言ふ。「けんたい」は、古くからの言葉らしい。「あの二人の仲は、本人らは隠してるつもりか知らんけど、おけんたいやんか」など。
○こうじぶた
饅頭や餅などを並べる時に使ふ、素木の底の淺い長四角の容れ物。幅一尺くらひ、長さ二尺くらひ。「すずりぶた」よりも大きい。酒などの「麹をひろげるのに使ふ蓋」といふことか。「すずりぶた」は塗りのもので、小さいが、「こうじぶた」は素木で大きい。
○弘法さんの土手
坊垣と後出の間の地蔵さんから土坂(ドザカ)を下だり、そこから國道へ出る小道がある。この小道は、國道が通る以前は前田川の土手道であつた。この土手を「弘法さんの土手」と言つた。ここに生えてゐた草はすべて食べられるとのこと。
○こぐちから
ひとつ一つ、片端から。「戸口から」か。「あつちこつち手え着けんと、こぐちから一つずつ片付けたはうがええで」などと言ふ。
○ごくど
怠け者を「ごくどもん」と言ふ。怠けることを「ごくどをする」と言ふ。似た言葉に「やくざをする」があるが、「やくざをする」ことは「親不孝」に繋がるが、「ごくど」は、親を亡くしてゐても、歳を取つてゐても言ふ。本來やすむべき日に働くことを「ごくどの節季ばたらき」といふ。語源は神佛に仕へる「御供徒」か。
○こすい
他人よりも巧く立ち回る。「さつい」と似た意味。「こすい」と「さつい」の使ひ分けは良くは判らない。「さつい」人よりも「こすい」人の方が人間としての器が小さく感じるのは、言葉の音が「こそこそ」の「こ」に聞こえるからか。「こそこそ」と「さらさら」を聽き較べると、「さらさら」の方が爽やかに聞こえる。
○こち
自分の家、家族を指す。「こちの人は變人やさかい」と、亭主を非難したりする。「あちら」「そちら」に對する「こちら」の「こち」。
○こつとん
一尺位の木製の錢箱があり、「コットン」と言つてゐたか。また、小さな木製の貯金箱があり、これも「コットン」と言ふてゐたか、記憶は不確か。木製の錢箱は、昔、曾祖父が松崎町で鶏肉料理屋「鳥源」をしてゐた頃の遺品か。「コットン」は單なる、わが家での幼児言葉だつたかも知れない。
○ごつとん
ちんばのシーソーのやうな、長い木の先に着いた杵を脚で踏んで持ち上げて搗く石臼があり、「ゴットン」と言ふてゐたやうな氣がするが、記憶は不確か。これは昔、ニシンを搗くための臼だと聞いたことがある。單なる、わが家での幼児言葉かも知れない。
○こつぱ
石工の作業場に出來る石のかけら。「木端」からの轉用か。
○ごてうし
雄の牛を「ごつてうし、ごんてうし」などと言ふ。
○こば
家の集まつた所。集落。名張では漢字「小場」と表記するやうだが、山仕事の作業場が語源ならば「木庭」とか「木場」とも書けるか。「坊垣こば」などと言ふ。
○こはい
固いこと。「けふのご飯は芯があつてこはい」とか、「こはめし」などの使ひかたのほかに、程度が予想以上である時に、「あれっこはい、そんなええもん、私にまで呉れるの。おおきに、ありがたう」など。
○こまかい
細かく氣を使ひ、支出を抑へる暮らしぶり。「あの人はこまかいので、お金を貯めた」などと言ふ。生活意識の規模が小さくなりがちなので、あまり良い印象の言ひ方ではない。
○ごめんなして
餘所の家を訪ねた時に玄關口で發することば。「御免ください」。他人に迷惑を掛けた時は、「ごめんなしてえや」と言ふ。
○ころつと
すつかり。きれいさつぱり。「けふは學校の父兄會があるのに、ころつと忘れてたわ。」、「ころつと騙されて、お金を盗られてしもた」など、惡い結果を來たした時に使ふ。
○ごんご ごんごだけ
墓石の前に刺して花活けにする、竹の筒。「御供具(ごくぐ)」といふことか。
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この網上葉の經過
○令和五年六月九日、増補、再編集。
○平成二十年九月十六日、電子飛脚の宛先訂正。
○平成十六年五月六日、増補。
○平成十五年十一月二十五日、携帯電話版を掲載。
○平成十四年十二月朔日、掲載。
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