いがのくにふるさとはなし

伊賀國

言葉の思ひ出
さ〜た

東川吉嗣

伊賀國の玄關頁
あ〜か
き〜こ
ち〜ひ
ふ〜ん・上野言葉
名張言葉 - さ〜た

○サのことば - ざいしよ さがす さかまつげ さかる さくまいええ さし さつい さつつい ざらいた さんぺさん さんまい
○シのことば - しあさつて しがむ しぐろい しこつて しし しづみばし しつぷくだい しなごい しびと しもつて しやんぺ じゆんぐり しようけ じょうげの川 しょうづくまる しらかゆ しりこぶた しろずみ
○スのことば - すずりぶた すもつた
○セのことば - 西洋手拭ひ せせなぎ せつぱ 背中の皮が短い せんど
○ソのことば - ぞぞげがたつ そばへる
○タのことば - だあこ だいこは末ほど辛い 大砲を撃つ たかたかゆび ただ だだがらい ただまめ たねづけする たまり


○ざいしよ
 いなか。いなか者のことを「在所もん」と言ふ。「わたしら在所もんやさかい」と自分のことを低く言ふ。

○さがす
 「さがす」は、「あちこち、かき回して散亂させる」意味で、行ふことが完了しないで、中途半端だつたり、多くの混亂や惡影響を招いてしまふことを言ふ。動作を示す言葉に續けて、「しさがす」などと言ふ。「時間が無いと言ひながら手傳つてくれたのはうれしいけど、しさがしで行つてしまつて、跡の片付けに難儀したわ」など。

○さかまつげ
 まつげが眼の中に這入る状態。近所のお婆さんが、「さかまつげ」で、縁側でまつげを抜いて貰つてゐた。

○さかる
 犬や猫が遘合ひをする。犬や猫が性交の相手を求めるやうになることを「さかりがつく」と言ふ。元は「盛んになる」、「盛んにする」といふことで「盛(さか)る」か。

○さくまいええ
 要領よく立ち回り、損をしないこと。「作米が良い」といふことか。あるいは「作毛が良い」といふことか。

○さし
 味噌桶に沸く小さい蛆。幼い頃は、家でただ豆を煮て味噌玉を作り、天井からぶら下げて黴を生やし、味噌を造つてゐた。「鹽が少ないので、さしがわいた」といふのを憶えてゐる。  物差しのことも「さし」と言ふ。裁縫用の「さし」は「くじら」といふてゐた。石工や大工が使ふ金属製の曲がつた物差しは「かね」とか「さしがね」と言ふてゐた。

○さつい  さつつい
 素速く旨く立ち回り、他人よりも得をする。「さとい」といふことか。「あいつは、さっつい」と言ふ。似た言葉に「こすい」がある。

○ざらいた
 小學校の渡り廊下などに敷いてあつた、木の簀の子を「ざらいた」と言つてゐた。

○さんぺさん
 女の子の人形。家に着物を着た、おかつぱ頭の大きな人形があり、「さんぺさん」と言つてゐた。

○さんまい
 死人を埋める場所。埋め墓。小場から少し離れた所にあり、隅に六地蔵を祀る。死人が出ると小場の人で穴を掘り、埋めて、飾りつけをする。木で造る墓標は朽ちるに任せ、石碑などは、寺の墓地など「拝み墓」に造る。「三昧」のこととの説があるが、「葬埋」のことか。坊垣のさんまいの道を走り、「さんまいでこけたらあかん」と言はれた。

○しあさつて
 けふから數えて四番目の日。「けふ」の次は「あした」、その次は「あさつて」、その次は「しあさつて」。「けふ」の前は「きのふ」、その前は「おとつい」、さらに前は「こないだ」である。「しあさつて」は「さい(再)あさつて」の「さい」の「ア」が略されて「しあさつて」となつた。

○しがむ
 「しなごい」物を噛むときの噛みかた。筋があつたりして噛み切れないものを長く噛み續ける。顔を「しかめる」といふ言ひ方と共通の意味がある。強く念入りに噛むと、顔にしわができるからか。「しがんだチュウインガムをそこらへ吐きすてたら、あかん」などと言ふ。

○しぐろい
 打ち傷などで、内出血して青黒くなつた肌の色。「死黒い」か。

○しこつて
 心を散らさず一所懸命に。「シコッテ勉強せなあかん」などと言ふ。相撲の「醜を踏む」の「シコ」や、「肩がしこる」などの「しこる」と同じで、「こはい」、「つよい」といふ意味。

○しし
 「しし」は肉のことだが、ゐのししのことを言ふ。秋になると、ししの肉を賣りに來て、父が、こことここといふ風に指定して肉を買ひ、煮たりして食べた。脂は、父が火鉢で炙り、融かして手に塗り着けてゐた。父は「外の肉の脂は冷えると固まるが、ししの脂は固まらない」と言ふ。

○しづみばし
 コンクリート製の背の低い橋で、洪水の時は水の下に沈み、橋自身を守る。夏見の坊垣橋が沈み橋で、大屋戸にもあつた。夏見の積田神社の裏から赤坂へ渡る橋は、橋桁の太い材木板の一つの端がワイヤーに繋がれて、洪水の時は外れて水の抵抗を受けなくするやうになつてゐた。このやうな橋を名張で何と言ふてゐたか知らない。

○しつぷくだい
 食事をする時の机。「卓袱臺」のこと。祖父が病になる前は、食事の時は祖父獨りが折敷を前に正座をして、他の家族は一つの卓袱臺を圍んでゐた記憶がある。

○しなごい
 食べ物が、「しんなりとこはい」こと。すじ肉や筍などが噛み切れないやうなときに「しなごい」と言ふ。「ちよつとしなごいなあ。ひねてるんやろか」などといふ。

○しびと
 死んだ人。死んだむくろ。「見舞に行つたら、しびとみたいな顔色をしてた」などと言ふ。

○しもつて
 しながら。「なに何しもつて、なに何をする」と言ふ。「もつて」を參照されたし。

○しやんぺ
 川の岩肌に吸い付くやうにゐる小さい魚。「シャンペ魚」。「葦登り」といふ魚と同じか。また金澤の「ごり」といふのも同じか。極く幼い頃、川の縁で岩にへばりついてゐるのを獲り、遊んだ。食べたことは無い。

○じゆんぐり
 一人づつ順序よく。「順番を繰りながら」といふ意味。「じゅんぐりにする」などと言ふ。「組頭は年寄りからじゅんぐりで、ちゅうことで、どうやろなあ」、「受付は早よ來た人からじゅんぐりに濟ませるさかい、後の人は一寸待つとゐて」などと言ふ。

○しようけ
 篩ひのことか。あるいは、底が竹で編んだ、水の抜ける桶か。後者なら、鹽を容れて苦汁を抜く「鹽桶(しほおけ)」といふことか。

○じょうげの川
 名張の町中を流れてゐる用水路のやうな川。「城下の川」とのことか。名張川の古い流れ道を改修して「うるふしね神社」の下から水を取り入れて八丁まで貫いてゐる。元來は、簗瀬の河原に押し出した高臺の砦を護る濠として川の水を引いたものであらう。夏の夕方には町中で水を汲み上げて道に撒き、日が落ちると町中がひんやりと涼しくなつた。普段は洗ひ物などの生活用水で、出火時の消防用水でもある。筆者の祖父、佐次右衞門が若い頃、名張の火事の時、馬の飼ひ葉桶でじょうげの川の水を汲み、はしごで屋根に登つて水を撒き、火を消したと、小學校の近くの老人から聽いたことがある。

○しょうづくまる
 前かがみになつて坐り込む。「うづくまる」と同じか。「痔の手術をする前は、痛い時は、しんぼでけへんで、しようづくまつてしもうたわ」などといふ。

○しらかゆ
 茶を入れずに炊いたおかゆ。「しら」は「白い」や「素人のしら」と同じで、染まりの無いこと。しらかゆは病氣の時などに食べる。「食が進まん時は、しらかゆに梅干し」である。普段の朝食は番茶を炊きだして炊いた茶粥だつた。

○しりこぶた
 お尻の肉づきのよいところ。「尻、こぶら」で、元來は尻から太股にかけての肉づきのよいところを指したものかと思ふ。「最近の水着はみんな、しりこぶた丸だしやなあ」と。

○しろずみ
 白墨。父の仕事場へ毎日ほど「大砲を撃ちに來る」老人が、「河原で形の良い流木を見つけたら、このしろずみで印を付けとく」と言つてゐた。父は「はくぼく」と言つてゐた。

○すずりぶた
 幅五寸位、長さ一尺足らずの塗りの盆。「硯箱の蓋」といふことだが、菓子や茶碗を運んだりするのに使ふ。

○すもつた
 川の底の砂地に這ふやうにゐる白い魚。口をぱくぱくさせて、砂を喰ふやうに見える。「砂はふり」といふ意味か。骨堅く、さつぱりとした味。

○西洋手拭ひ
 毛羽立ちを多く作る織り方で、水の吸い込みを良くした手拭ひ。今いふ「タオル」のこと。それに對して、從來からの手拭ひを「日本手拭ひ」といつた。

○せせなぎ
 臺所の流しの排水を溜めて、汚物を沈澱させる桶を家の外に埋めてあり、上澄みは外へ流し、殘りは畑の肥やしにしてゐた。これをせせなぎと言つてゐた。語源は「せせらぎ」と同じか。
 『伊賀越道中雙六』の「第六 沼津の段」に「扨娘御はよい器量、不躾ながら此内には、せゝなげに咲た杜若、よい床へ活たいのふ」といふ科白があり、欄外の註釋に「せゝなげ─下水」としてある。(塚本哲三編輯『海音半二出雲宗輔傑作集全』大正七年、有朋堂書店。第五二七頁)

○せつぱ
 小學生の頃、鉛筆の尖らせた芯を保護するためにはめる覆ひを「せつぱ」といつた。

○背中の皮が短い
 仕事が長續きしないこと。「あいつは、背中の皮が短い。あかん」と言ふ。前かがみになつて仕事をしてゐても、背中の皮が短いために、仕事の姿勢が保てない。そこで、仕事を辭めてしまふ。

○せんど
 厭になるほど存分になること。「せんど遊んだ」などと言ふ。「せんどになる」とも言ふ。「千度」か。あるいは「行爲をしない」ことを「せむ」と言ひ、接尾語「ど」をつけて、「せむど」となつたか。「しないでゐよう」を「しやんとこ」、「せんとこ」とか「せんどこ」といふ。「そのやうな事はしないでおきませう」を、「そんなこと、せんどこに」といふ。

○ぞぞげがたつ
 急に寒気を感じて、鳥肌が立つこと。「外へ出たら冷たい風が吹いて來て、ぞぞげが立つた」などと言ふ。「ぞくっ」と感じて、皮膚の毛が立ち上がる樣をうまく表してゐる。

○そばへる
 じゃれつく。猫が小さな動く物に興味を示して、手出しをする時に、「そばへる」と言ふ。童がぢつとしてゐなくて、あちこち手出しをする時にも、「そばへたらあかん」などと言ふ。  古語辞典によると、たはむれることを「いそばへ」と言ひ、語頭の「イ」が略されて「そばへ」になつたと。(大野晋ら編『岩波古語辞典』昭和四十九年、株式會社岩波書店。第九六、七四六頁)

○だあこ
 何かをして貰ふ時に「してだあこ」と言ふ。「して戴きませう」を「して戴かう」と言ふ時の「いただかう」が語頭の「イ」が略されて「だあこ」となる。「してだあこうな」と言ふと、「して戴きませうね」といふ意味になる。

○だいこは末ほど辛い
 「だいこ」は「大根(ダイコン)」のこと。「兄弟姉妹のなかでは後で産まれた子のはうが世知辛い」といふ現象を「大根は首のところよりも、根の末のほうが辛い」ことに喩へて言ふ。

○大砲を撃つ
 大きな事を言ふ。大砲は大きな音がするので、「法螺を吹く」よりも程度が上回る。父が石を叩いて仕事をしてゐる所へ、毎日ほど話をしに來る老人がゐて、「けふも大砲を撃ちに來た」と自分で言つてゐた。

○たかたかゆび
 手の中指、「丈高指(たけたかゆび)」のこと。藥師指は「くすりゆび」といふ。

○ただ
 ありふれた、普通の、取り立てて言ふほどの値打ちが無いありさま。大豆のことを「ただまめ」、里芋のことを「ただいも」、普段の食事に使ふ米を「ただごめ」と言ふ。ごく當り前の人は「ただのひと」である。とりたてて値段を付けるほどの物では無いので「ただ」で貰へるわけである。

○だだがらい
 味付けに醤油を入れすぎて無闇に鹽辛いさま。旨味が増したのではなく「ただ、ひたすらに辛い」といふ「ただ辛い」を濁音化して意味をどぎつくした言ひ方。鹽だけで辛すぎるのは「鹽辛い」と言ふ。砂糖などで甘すぎるのは「アマッタルイ」。

○ただまめ
 「普段、使ふ豆」のこと。味噌や醤油を作つたり、煮て日常の料理に使ふ、黄色い豆。大豆。節分に煎り、歳の數に一つ足しただけ食べた。ただ豆も節分の夜はこつぶ金、噛み數へしも、はやいつ昔。

○たねづけする
 家畜を意圖的に身ごもらせること。幼い頃には家で兔を飼ふて食べてゐたが、雌の兔に身ごもらせるために、雄兔のゐる家へ預けに行き、身ごもらせた。兄が駕籠に兔を容れて遠くの家へ屆けるのに着いて行き、歸りに鴻巣の池の近くで木苺を穫つて食べた記憶がある。その家のあつた「アマノ」のあたりは今は工場地帯になり、鴻巣の池も埋め立てられた。

○たまり
 「溜まり醤油」。味噌桶の上に溜まる汁を集めたものか。母が使つてゐたことば。
あ〜か
き〜こ
ち〜ひ
ふ〜ん・上野言葉

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この網上葉の經過
○令和五年六月九日、増補、再編集。
○平成二十年九月十六日、電子飛脚の宛先訂正。
○平成十六年十一月四日、「そばへる」を追加。
○平成十五年十一月二十五日、携帯電話版を掲載。
○平成十四年十二月朔日、掲載。
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