いがのくにふるさとはなし

伊賀國

伊賀のヘへ

東川吉嗣

ことわざ、言ひ習はし

  筆者が童の頃、親や年上の人に言はれたこと、ヘへられたこと、そして大人になつてから知つたことを御紹介します。

○朝、「さる」と言ふたらあかん。
○あほに構ふもんは、もつとあほや
○いがを剥いたら栗
○えらい人にならなあかん
○遠慮は損慮
○川へ小便したらあかん
○けふの事を明日に殘すな
○喧嘩はおよし、相撲はお取り
○この下駄にこのはなを
○さんまいでこけたらあかん
○しきいを踏むのは、親を踏むこと
○仕事は袖無し
○人のしてゐることを良く見ておけ
○だいこは末ほど辛い
○食べてすぐ寝たら牛になる
○茶碗を箸で叩くな
○ちよつと來いには油斷すな
○爪を火にくべたらあかん
○てんごがまこと
○殘り物には福がある
○鑿(のみ)と言へば鎚
○バカと鋏は遣ひやう
○廻れ獨樂(こま)、廻る心棒は金なるぞ
○よさりに爪を切つたらあかん


○朝、「さる」と言ふたらあかん。
理由はよくは判らないが、「さる」と言ふ言葉で、「仕合わせが去る」ことに繋がるのかも知れない。
○あほに構ふもんは、もつとあほや
「あほ」とは、當り前の考へ方が通じない者である。そのやうな者を相手にするには、特別の手法や工夫が必要であらう。そのやうな手だても無しに、うかうかと「あほ」を相手にすることは、無鉄砲であり、それは自分も「あほ」の類であることを示してゐる。
○いがを剥いたら栗
「伊賀を向いたら九里」といふこと。九里は、歩いて一日の行程である。伊賀から九里の廣さの中には、伊勢、南近江、京、南山城、大和、大阪、そして南は大台个原を含む。これらは經濟的に豐かで、政治的にも重要な地域である。昔から伊賀人が自らの地の利をよく自覺したことが、伊賀が情報活動の中心地と成り得た由縁である。
○えらい人にならなあかん
祖父が死ぬ前に殘した遺言。幼い心に「えらいひと、と言ふのは、どんな人を指すのやろ」と思ふた。その後、「えらい人とはどんな人」といふ問ひ掛けが常に心にあり、さうあらねばと、自分に働き掛けてゐる。
○川へ小便したらあかん
幼い頃、河原で遊んでゐて、小便したくなつた時、「小便を川の中へしたらあかん。岸の草の中へしいや」と、年上の子にヘへられた。川の水は洗濯、調理の下準備、などに使ふので、出來るだけ汚さないためのヘへか。
○けふの事を明日に殘すな
筆者の曾祖父源三郎の金言。出典はフランクリンの金言カレンダーとのこと。けふやるべき仕事、けふ出來る仕事をけふせずに、明日に持ち越すことを戒めたもの。その日その日のことを一つ宛こなして行くことにより、實のある生活を送ることができるし、大きな事業も達成できる。幕末に産まれ、明治に生きた源三郎がこの金言を實行するべく努めてゐたことを思ふと、明治といふ時代の庶民感覺が良く判る。
○喧嘩はおよし、相撲はお取り
母が良く言ふた。「むき出しの暴力」を退けて、相撲などの、一定の約束事の上での力比べを良しとするヘへである。これについては、『能登國羽咋唐戸山相撲』の「相撲雜件・相撲のある狂言「たけのこ」」も御覧下さい。
○この下駄にこのはなを
下駄に鼻緒は必ず要る物であるが、その下駄の用途や好みに應じて釣り合ひのとれた物が必要である。人の組合はせでも、釣り合ひのとれた者同士が一緒になつてゐることを言ふ。主に夫婦の釣り合ひをいふが、「程度の低い者同士である場合」に言ふ。
○さんまいでこけたらあかん
幼い頃、さんまいの近くで走ると、「さんまいでこけたらあかん」といはれたので、走るのを止めて、轉ばぬやうに氣を付けた。
○しきいを踏むのは、親を踏むこと
「しきいを踏んだらあかん」。戸の口のしきいや、襖のしきいなどは、跨ぐものであり、踏んではいけないとヘへられた。
○仕事は袖無し
冬の寒いときでも、身體を動かして仕事をすれば暖かくなる。その効果は棉入れの袖無しを着た時と同じであるとの表現。母が良く言ふた。
○人のしてゐることを良く見ておけ
良く觀察して、良く考へておくことのヘへ。父に良く言はれた。「習ふ」と言ふことは「倣ふ」ことであり、「慣れる」ことである。また、「學ぶ」ことは「真似る」ことである。「ヘへられる」よりも、自ら見て「學び」、「習ふ」ことが、我が國の傳統的なヘ育のやり方、學習の仕方である。心に「學ぶ」姿勢が出來てゐれば、ヘへる効果が高くなるし、ヘへなくとも學ぶものである。
○だいこは末ほど辛い
同じはらからでも、末の子ほど、世知辛く育つことを言ふ。
○食べてすぐ寝たら牛になる
食事の後にすぐ横になることは行儀が惡いので、かう言ふて戒めた。しかし、父は、食べた後は、身體を横にするはうが、消化に良い、といふて横になつてゐた。また、旨い物を食べた後に「ああ、馬勝つた、牛負けた」といふた。
○茶碗を箸で叩くな
「茶碗を箸で叩いたら乞食が來る」とも言はれた。茶碗を叩くことは食事作法にもとることであるが、その作法が身に付くまでの理由付けであらう。佛前の金の碗を叩くことを、日常生活意識と區別することと關係があらう。また修行僧が、金の碗を叩いて門口に立ち、乞食(こつじき)をすることを卑下することとも關係があらう。
○ちよつと來いには油斷すな
母がよく言ふた。ひとが「ちよつと來い」と言ふ時は、言ひにくい事情がある場合が多く、それも良い結果を齎すために呼びつける事は、まづ、無いやうである。そこで、「ちよつと來い」には、油断無く構へて對應せよといふことになる。
○爪を火にくべたらあかん
爪を切り、捨てに行くのが面倒で火鉢の火にくべたら酷く叱られた。爪を燒くと、スルメの樣な匂いがして、あまり好ましい物ではないが、それ以上に、爪や髪は死人の遺骨の代はりにする習慣と關係があらう。伊賀では死人は燒かずにさんまいへ埋葬し、遺骨として爪や髪を高野山などへ納める習慣がある。
○てんごがまこと
冗談が眞實になるといふこと。「てんご」は「たはむれで物事をすること」、「まこと」は眞實である。ほんの戯れでしたことが、現實的な結果を齎して、當の本人に惡い結果として返へつてくることをいふ。思ひがけず良い結果を齎した時には、言はない。伊賀人の堅實な生き方を表す戒めである。
○鑿と言へば鎚
母がよく言ふた。ひとが「鑿を持つて來い」と言へば、言はれた人は「ははん、鑿で何か穴を明けるるのやな。そんなら、鑿を叩く鎚が要るなあ」と、氣を利かして、鑿と一緒に鎚も持つて行け、といふのである。人に言はれた事だけ濟まして、事足れりと考へたら、相手を滿足させることは出來ない。それどころか、「今度は鎚を持つて來て」と言はれる。自分なりに先讀みして、相手が何をせうとしてゐるのかを考へることが大切である。
○バカと鋏は遣ひやう
  當り前のやり方では役に立たない人でも、上手に遣へば、役立つといふこと。鋏は良く研いであつても、刃の咬み合はせが緩んだり、隙間があると切れない。そんな鋏でも上手に遣へば切れるものである。働きの惡い人物を「働かない」と言ふて相手の能力不足のせゐにするのではなく、そんな人物を遣ひきれない者の能力不足、あるいは工夫不足だといふ言ひかたである。道具類で、要を締めてゐるべきネジが緩んでゐたり、咬み合ふべきところが咬み合はずにずれてゐて役に立たないやうな場合、「バカになつてゐる」といふ。二枚の刃を金具で留めた西洋鋏は遣ふにつれて、留め具が磨り減り、刃の咬み合はせが緩んで、バカになる。和鋏は、咬み合はせが巧くできてゐても、研ぎを繰り返へすと咬み合はせが狂ふので、遣ふ時に、刃が巧く咬み合ふやうに握る必要がある。いづれにしても、遣ひ込んだ鋏ほど上手な使ひ方ができないと、道具としての働きを充分に出せない。そのやうな日常の體驗から、人遣ひでも、ちよつとした經驗と工夫が必要だとの教へである。道具の要が緩んでゐるのを「バカになつてゐる」とは言ふが、「アホになつてゐる」とは言はない。この面からも、「バカ」と「アホ」の意味の違ひが判る。「バカ」は、「剥がれる」と言ふ言葉と關聯があらう。
○廻れ獨樂、廻る心棒は金なるぞ
母は、「クルクルと働き廻らんとアカン。廻れ獨樂、廻る心棒は金なるぞ、と言ふから」とよく言ふた。よく辛抱して、倦まずたゆまず働き續ける事が、お金になるといふこと。
○よさりに爪を切つたらあかん 夜、爪を切ると、寝てゐる間に尖つた爪で身體を傷つけることがあるからだと聞いた。あさ、爪を切れば、晝間の仕事で、爪の切り口は適度に磨り減り、安全になる。
◎「喧嘩はおよし、相撲はお取り」に關して。『能登國羽咋唐戸山相撲』の「相撲雜件・相撲のある狂言「たけのこ」」を御覧下さい。

◎名張東川家の祖、源三郎の金言
     『今日の事は明日に残すな』
(Never leave that till tomorrow which you can do today. はベンジャミン・フランクリンBenjamin Franklin がフィラデルフィアで發行した格言入り暦の中の一つ。『英米故事伝説辞典増補版』一九七二年、合資會社富山房、第五百参、四ページ)


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○令和五年六月九日、再編集。
○平成二十年九月十六日、電子飛脚の宛先訂正。
○平成十六年七月八日、増補。
○平成十五年十一月二十五日、携帯電話版を掲載。
○平成十五年正月十三日、掲載。
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